こおりやま 緑の街角 Ⅱ

たんぽぽが、郡山の都市整備について考え、妄想するブログ

仙台の戦災復興

定禅寺通 (2008年5月撮影)
郡山を襲った空襲が保土ヶ谷化学や日東紡富久山など軍需工場で多数の犠牲者を出したのと対照的に仙台では市の中心部が標的になり約500ヘクタールが焦土と化しました。
 
仙台の復興事業については当初、県が主となって、県議会・市・市議会・内務省土木出張所・仙台経済商工会・鉄道局・電話工事局・財務局・控訴院・住宅営団などの関係各者の協力を得て研究し、その基本計画を立てることになった、と『戦災復興余話』にあります。
 
さすが仙台です。郡山とは陣容と取り組み方がまるで違いますね。
 
更に、仙台市では、県で作成した計画案を審議するため、市議会議員(全員)と学識経験者20名の総員64名からなる「戦災復興委員会」を設け、その中から常任委員23名を選出して「復興常任委員会」を設置し計画樹立完遂に努めた、ということですから、郡山とは桁違いに規模が大きい復興事業を見事に成し遂げることが出来たのも頷けます。

青葉通 (2008年5月撮影)
主要道路については、常任委員会で広瀬通を50メートル、青葉通りを36メートル幅員にすることとしたが、その後、戦災復興院の意向を取り入れて青葉通りの駅前から東2番丁までの区間を50メートルに、広瀬通を36メートルに縮小することになった、ともあります。
 
「将来、東北の中枢都市としての役割を担う立場にある仙台市としては」「将来、50万の人口を要する都市としての計画を持っていた仙台市の」という記述からも、戦災復興委員等の意識の高さが窺われます。

仙台駅西口ペデストリアンデッキ (2008年5月撮影)
また、道路等の名称(愛称)も、22年1月3日、河北新報社が、復興大仙台の前途を祝福して、新鮮かつ明朗な新街路名新緑地帯名を公募し、応募数850有余の中から候補名を絞り、最終的に中央通り、駅前大通を抑えて青葉通り、広瀬通(他の候補名は北大通・五城通)、西公園(同広瀬公園・桜岡公園)、中央公園(同宮城公園・五城公園)が選出されました。
 
地元有力メディアの取り組みと陳腐な道路名を選ばなかった仙台市民を素直に称賛したいと思います。

『戦災復興余話』(1980年発行)
郡山空襲が昭和20年4月に始まり数回に及んだのに対して、仙台では戦争末期の7月10日の1日だけ(?)ということを考えると、もう少し早く戦争を終結させていたら広島と長崎は言うまでもなく仙台も大きな被害を免れていたかもしれませんね。
 
その結果、ぼく等は今とは全く違う仙台の姿を見ていたはずです。
 
仮に仙台中心部が無傷のまま終戦を迎え、後に都市改造を試みようとしたとしても、終戦直後のように叡智と行動力を結集して計画完遂に全精力を傾けることは、果たして出来たでしょうか?(しょうもないタラレバの話ですが)

『戦災復興余話』(編集発行 仙台市開発局)
仙台市の都市整備に対する意識の高さに敬意を抱きながらも、仙台駅西口とは対照的に古い寺社や木造住宅が混在する雑多な中心市街地を持つちっぽけな都市でも、少しでも趣のようなものが感じられれるのは悪くないのかもしれないなと思うこの頃です。
 
今年も安積国造神社の山車が駅前に繰り出す季節になりましたね。
 
 
 
郡山も、市職員や市民の叡智を結集することが出来れば、10年以上に渡って一歩も前進させることが出来なかったような大きな課題にもケリをつけることが出来るのではないかと考えるのは、あまりにも楽天的過ぎるでしょうか?
 
 
 
 

 

郡山の戦災復興

駅前大通り (2006年11月撮影)

毎年8月になると全国で戦没者追悼式が催され、戦争体験のないぼくらもメディアを通して戦争の悲惨さに触れる機会が増えます。

 
全国のほとんどの都市と言っていいほど多くの都市が戦禍に遭いましたが、その多くが戦後の復興都市計画により土地区画整理事業が実施され道路網も一新し近代的な都市に生まれ変わりました。
 

駅前大通り (2004年11月撮影)
 
郡山市でも、昭和20年4月、7月、8月と幾度となく空襲を受け多くの犠牲者が出ましたが、平市とともに戦災復興院より戦災復興都市の指定を受け、県と市により復興計画がつくられました。
 
しかしながら、非常に残念なことに、郡山市も他都市と同様多くの困難に直面して当初の計画通りに実現させることは叶わなかったようです。
 
郡山駅西口一帯は、戦災復興土地区画整理事業により整備されたものと長年思い込んでいたのですが、実は駅前大通りなどを整備するために最小限の区画整理しか行われていないことを最近になって知りました。
 

戦災復興土地区画整理事業 【1】駅前地区 【2】酒蓋地区 【3】駅裏地区

駅前地区・駅裏地区戦災復興土地区画整理事業区域の詳細図(都市計画図)
『郡山市史』には、なぜか計画図が掲載されていないのですが、都市計画の青写真資料として福島民報の記事を紹介しています。
 
 「戦災都市郡山も都市計画の測量の大部分を完成した。来る31日華々しく起工式を挙行し、いよいよ着工の運びとなった。5年後にわれわれはどんな姿の郡山を見いだすだろうか。
 団体広場・ハイヤー駐車場・バス発着場などを擁し、アカシヤ繁る約4千坪(約1.3ヘクタール)の駅前広場、またここから県社(安積国造神社)までの中央に緑樹帯をもった幅40メートルのメンストリート、市を南北に縦断する幅40メートルの国道、更にこれらに連なる幅24メートルから18メートルの産業地帯、倉庫地帯用3本の大道路、そして、五十鈴湖、荒池、貯水地を中心とする3つの緑地帯と麓山綜合グラウンド---これが新装なる東北の関門=工都郡山の姿である。」(21年8月23日「福島民報」)
 

戦災復興都市計画構想(郡山市史)
郡山市の場合、駅前地区、酒葢地区、駅裏地区の3箇所で戦災復興区画整理事業が行われましたが、駅前地区が最も規模が小さく計画面積5万6千坪(約18.5ha)に対して完了面積が2万7千坪(約8.9ha)と半減して、まるで主要道路を広げるためだけの目的のようにカタカナのコの字状に実施されています。
 
郡山の都市基盤は戦後の都市計画に拠るところが大であると考えられますが、歴史的にも重要と思われる戦災復興事業については、『郡山市史』では記述も資料も多くはないので、詳細を知るためには中央図書館まで足を運ばなければならないようです。
 
 
考えてみると、戦災復興都市の指定を受けていない福島駅東口の方がごちゃごちゃしている郡山駅西口よりもよく整備されている印象がありますが、ちょっと不思議な気がします。
 
城下町時代の町割の名残なのでしょうか?
 
それとも、郡山市とは行政としての知恵と実行力に違いがあるということなのでしょうか?
 

戦災復興都市計画 (ウィキぺディア)

 

それでも西口広場駐車場は必要だろうか?

郡山駅西口広場(2011年6月撮影)

 

先日、市のウェブサイト「市民提案制度〜みなさんの声〜」というものを見ていたのですが、非常に(×3くらい)興味深い投稿を見つけました。

一般市民の方の投稿と思われますのでそのまま掲載するのは控えたいと思いますが、内容の一部を形を変えて紹介しますと、「西口ロータリー渋滞の原因として、運転手が駐車したままいなくなり、前に進めないことが要因の一つだと思う。誘導するための係員が見て見ぬふりをしているのを何度も見ている。ハンバーガーを手にした人が係員と親しげに話して運転席に人がいないクルマに乗り込み過ぎ去って行くのを見たこともある。」(詳しく知りたい方は、市民提案制度のページで2025年1月22日更新「令和6年度 観光・交通(バス・タクシー・電車)」をクリックすると「郡山駅西口ロータリーについて」という投稿があります)

一年以上も前の投稿なので現在は大分改善されているだろうと想像しますが、いやはやなんとも想像をはるかに超える投稿内容でした。

 

(2010年11月撮影)



さて、タクシーと一般車の区域を分けた上で一般車の駐車場を再び設けることになった今回のロータリー改修案ですが、事前にアンケートや社会実験も実施しているので、前回同様完璧な解決策になることを期待されているわけですが、意外にもアンケート調査にはロータリー渋滞に関する質問事項は皆無でした。

渋滞の原因はわかっているので、いちいちアンケートで聞くまでもないということでしょうか?

僕が担当者ならば、ロータリー渋滞時にマイカードライバーに次の質問をして利用者の声を直に聞いてみたいところです。

① 西口ロータリーが渋滞する原因は何だと考えますか?

② 問題を解決するために何が必要ですか?

回答者の中には「渋滞の原因は駐車場が無いから」と答える人も当然いるだろうとは予想できますが、10年程前までは駐車場があったにも関わらず大渋滞が発生していたのですから真の原因でないことは明白です。

そうであるならば「なぜ駅前広場の貴重なスペースを割いて一部のマイカー(待機用兼ショッピング用?)利用者を優遇しなければならないのか」という疑問が生じます。

交番を移転してまで広い駐車場をわざわざ建設する必要があるのかどうかという問題は一旦脇に置いて、どうしても駐車場を建設するのであれば、可能な限り多くのクルマが利用できるように5分か10分単位で課金して駐車場の回転率を上げる努力をするべきですが、逆に30分まで無料にしなければならない理由があるとしたら一体何だろうと考えはじめると眠れなくなりそうです。

近くのショップで買い物をするために無料駐車場を利用したいと思う市民が出てきたとしても全く不思議ではなく、目的をいちいちチェックできるかと言えばまず不可能に近いのではないでしょうか?

それではモラルの低い市民を市自ら増殖させるための装置をつくるようなもので、行政の自殺行為に等しい愚行だと言ったら言い過ぎでしょうか?

まあ、そこまで大袈裟にしないにしても、市が意図した本来の目的で実際に使われ、渋滞解消という結果に確実に導けるかという点では無料駐車場建設は甚だ心許ない施策のような気がいたします。

駅前広場の無料駐車場がうまく機能しているケースは他所にはあるのかもしれませんが、少なくとも郡山駅西口広場に関しては大いに問題ありと言わざるを得ません。

 



正直に言えば、そりゃー駐車場があれば便利は便利ですが(利用したいときに利用できればの話ですが)、無ければ無いでクルマが到着するまで5分、10分駅近くか他所で乗車を待って貰えばいいだけのことです。

郡山市の場合、ペデストリアンデッキで駅に直結した市営西口駐車場もあるわけですから、広場内に駐車場を造らなければならないという固定観念は一度捨て去ってほしいものです。

その代わりに、駐車場として計画しているスペースを歩行者のための憩いの広場として整備できれば、何倍もの多くの市民が利用できるようになるので、今回のリニューアル構想のコンセプトと思われる賑わい創出にも大きく寄与するはずです。

駐車場か?それとも広場か?

どちらが相応しいかは論を俟たないでしょう。

最後に、散々批判的なことを書いてしまいましたが、今回の改修ではタクシーと一般車の出入り口が完全に分離されることによりロータリー内の走行車線がわかりやすくなりそうですから、一般利用者から見てそこは大きな前進といえるのではないでしょうか。

 

(2000年6月撮影)



就任2年目のフレッシュな市長ということもあり、八方美人になるのもある程度致し方ありませんが、事都市整備に関しては一度建設してしまったモノは何十年も市民が使い続けることになるわけですから、そこは市のトップとしての信念が見えるような大胆かつ冷静な判断を是非ともお願いしたいところです。

もちろん超マイナーな市民ブログなど市長さんが読んでくださるとは夢にも思っておりませんが、かと言って市民提案に投稿したところで意見が事業計画に反映されるとも思えませんし・・・(市からの回答は貰えますが、行政側にとっては“カスタマーセンター”でしかないでしょうから)

なので、今後もブログで言いたいことを一方的に書き続けたいと思っております。笑

今後もたまにお付き合いいただけると非常に(×5くらい)嬉しく存じます。

10年前の西口ロータリー改修を振り返る

 

郡山駅西口広場 (2010年6月撮影)
前回、駅西口広場リニューアル構想について取り上げましたが、そもそも何故10年前に実施した西口ロータリー改修がうまくいかなかったのか気になっておりました。
 
この件に関して改修当時の新聞切り抜きを一つだけ見つけましたので内容を簡単に纏めますと次のようになります。
 
「市から、タクシーと一般車両の区域分離案と一般車両とタクシーの専用レーンの設置案の2案が示されたが、それぞれ一長一短はあるものの、効果的な乗り継ぎが期待できる「区域分離案」で計画を進め、30分無料の駐車場は代替え案を含め再検討する方針で、2014年度中の工事着手を目指す」
 
というものです。
 

西口ロータリー改修に関する新聞記事(2014年5月)
もう少し詳しく知りたいと思い、今度は市議会の会議録を検索してみました。
 
すると、2016年3月10日の議会で建設交通部長が次のように説明していますので掲載いたします。
 

「初めに、一般駐車場廃止に至った経緯と考え方についてでありますが、今回の改修計画策定に当たっては、郡山警察署やJR郡山駅、郡山商工会議所及び郡山市商店街連合会等76団体で組織される郡山市交通対策協議会の平成26年1月の臨時総会において渋滞問題や郡山駅西口の課題を協議した結果、同年2月に同協議会組織団体への郡山駅西口広場に関するアンケート調査を実施することとしたところであります。そのアンケート調査において、駅前広場に求める機能は、公共交通機関への乗り継ぎであり、渋滞緩和のためには一般車とタクシー区域を分離すべきとの意見が多く出されたところであり、同年5月には郡山駅前大通商店街振興組合にも伺い、意見をいただいたところであります。

 その後、平成26年度に大手コンサルタントにロータリー内の利用状況の実態調査を委託した結果、ロータリー入口付近のタクシーと一般車が混在する降車場での混雑状況や一般駐車場の空き待ちの混雑状況が主な渋滞要因であることが確認できたことから、関係機関であるJR東日本や郡山地区ハイヤータクシー協同組合及び郡山警察署との協議を重ね、一般車とタクシーの乗降場を分離したところであります。

 また、空き待ちによる一般車が混雑を引き起こしていることにつきましては、駅東口に40分間無料の駐車場があり、さらに駅西口広場から半径200メートル圏内、徒歩で約3分以内に調査当時約800台分の民間駐車場が存在していたことから、それらの利活用により一般駐車場を廃止する改修計画を策定したところであり、現在は約840台分にふえております。さらに徒歩約5分で郡山駅に直結し、駐車台数530台を収容できる市営郡山駅西口駐車場も多くのご利用をいただいているところであります。

 なお、この一般車とタクシーの乗降場の分離や一般駐車場の廃止などの改修計画につきましては、平成27年3月と6月に郡山まちづくり推進協議会の懇談会の中でも改修内容についてご説明申し上げたところであります。

 次に、郡山駅西口駅前広場の諸問題の今後の検討についてでありますが、今回の郡山駅西口駅前広場の改修は、渋滞要因を調査検討し、これまでのタクシーと一般車が混在していた5台分の降車スペースを分離し、タクシー区域に3台、広場南側の一般車の区域に4台と拡張するとともに、一般車区域には乗車場4台を設置するものであります。」

 
 
 
今回の改修案では一般車の無料駐車場(40台分)が復活しましたが、かえって問題が増えそうな嫌な予感がいたします。
 
なぜなら、市は渋滞の原因は利用者のモラルにもあるとこれまで何度も答弁していて、その対応が不十分だからいつまでも渋滞問題が解消しないというのが僕の結論だからです。
 
 

 
先の建設交通部長の説明には続きがありますので紹介させていただき、今回はここまでといたします。
 

「また、ハード整備のみでは渋滞の緩和に至らないことから、一般車乗車場の利用においては乗車する方が乗車場でお待ちいただき、乗車後は車両の速やかな移動を心がけていただくなど乗車される方とドライバーの双方のマナー向上が不可欠であるため、引き続き広場の利用方法についてウエブサイトや広報紙、チラシ及び交通指導員による啓発活動を行うなど周知徹底を図り、改修後の西口駅前広場の利用状況を見きわめてまいりたいと考えております。

 なお、駅西口を発着点としている空港リムジンバスや高速バス及び貸切バスなどの乗降場の東口への切りかえも西口の渋滞緩和には効果があると考えますので、その具体化に向けバス事業者等と協議してまいります。

 以上、答弁といたします。」

 
 

 
 

郡山駅西口広場のリニューアル構想についての雑感

先月、市より郡山駅西口広場のリニューアル構想が公表されました。
 
見出しにペデストリアンデッキの延長案をクローズアップした報道が多かったので、ご興味を持たれた方も多いのではないかと思いますが、報道された内容にどのような感想を持たれたでしょうか?
 

我が家で購読している新聞には、イラストにJR郡山駅西口ペデストリアンデッキ(延長案)が朱色の線で示されていたのですが、それを見た瞬間ハッと青ざめてしまいました。笑
 
「こんなにも長い歩道橋が必要なのだろうか?」
 
「横断歩道を無くしてクルマ優先の場所にするつもりか?」
 
というのが正直な感想でした。
 

市の資料には、「※これらはイメージしたものであり、今後詳細な検討及び関係者との調整を進めます。」と断り書きが付いてはいましたが、仮に一つの案だとしても公表するには少々粗雑過ぎないかと驚くほどでした。
 
この案を作成するにあたって事前にアンケート調査を実施したとのことですから、要望の多かった声を反映させた結果がこういう形になったのだろうとは想像できます。
 
ですが、何か大事なものが抜け落ちているような気がしてならないのです。
 
アンケートの結果を直接形にするのではなく、郡山駅西口の広大な空間をどういう思想で設計するかということに昇華させてから形にして欲しかったなという思いが残りました。
 

駅西口の横断歩道 (2010年6月撮影)
渋滞解消策としてロータリーの改良は急がれるところですが、中央広場も改造したいということであれば、旅行者をも魅了するような美しい空間を創造して市民が誇れるような場所にしてやろうというくらいの気概があっても良いのではないかと一市民として思う次第です。
 
「吟味に吟味を重ねた結果がこれなんだよ」と言われてしまえば返す言葉はありませんが・・・
 
貯水池跡の件でもそうですが、郡山というところは議論が一向に深まらない土地柄だなとつくづく思うのはぼくだけでしょうか。
 

西口中央広場 (2004年6月撮影)

西口中央広場 (2003年5月撮影)
ロータリー渋滞の要因の一つに長時間の駐停車が問題視されているので改良事業を終えた後も根本的にどう対処していくのか議論が必要になりそうな気が致します。

 

西口中央広場 (2004年10月撮影)